日時:2015年8月25日(火)午後3時30分〜午後5時30分
会場:ドイツ、エアフルト大学(University of Erfurt)、ヘリオス(Helios)
パネルタイトル:Healing Practice and Modern Esoteric Currents between Japan and the U.S.
「日米間におけるヒーリング療法と近代エソテリシズム」
パネル代表: ヤニス・ガイタニディス Ioannis Gaitanidis (千葉大学)
第一報告:フィリップ・デリップ Philip Deslippe (UC Santa Barbara)
“Yogi Ramacharaka and the Transnational Diffusion of Modern Yoga”,(ヨギ・ラマチャラカと近代ヨガの国際的伝播)
第二報告:平野直子 (早稲田大学)
“American Metaphysical Religion in *Seishin Ryōhō* and Reiki Ryōhō in 1929s-1930s Japan”(1920年〜1930年代日本の「精神療法」と「靈気療法」におけるアメリカの形而上学的宗教の影響について)
第三報告:栗田英彦 (日本学術振興会)
“Breathing Methods as a Crossroad between the Localization of Western Ideas and the Acculturation of Japanese Tradition” (西洋思想の土着化と日本の伝統文化の変容:分岐点としての呼吸法)
第四報告:ジャスティン・ステイン Justin Stein (University of Toronto )
“Trans-Pacific Tranculturation: Usui Reiki Ryōhō and Reiki Healing, 1936-1986” (太平洋を超えた異文化移植:臼井靈気療法とレイキヒーリング)
パネル解説者:ヘレン・ハーデカ Helen Hardcare (Harvard University)、吉永進一 (舞鶴高専)
2015年8月23日(日)から29日(土)、ドイツ、エアフルト大学にて、第21回国際宗教学・宗教史学会が開催された。当パネルは25日(火)エアフルト大学内ヘリオスにて “Healing Practice and Modern Esoteric Currents between Japan and the U.S.”「日米間におけるヒーリング療法と近代エソテリシズム」というパネルタイトルをもって、フィリップ・デリップ、平野直子、栗田英彦、ジャスティン・ステイン(敬称略)の四人による研究発表がおこなわれた。当パネルはアメリカ合衆国で発生したMetaphysical Religion(メタフィジカル宗教)が20世紀の日米間にていかに創造され、かつ、太平洋を越えて、両国間において伝播し、なおかつ、いかに受容されていったかを論じるものであった。
第一報告者のフィリップ・デリップは “Yogi Ramacharaka and the Transnational Diffusion of Modern Yoga”,(ヨギ・ラマチャラカと近代ヨガの国際的伝播)というタイトルで、日本の霊術・精神療法界において多くの影響を与えた、米国ニュー・ソートの実践者であり作家であるウィリアム・W・アトキンソン(1862〜1932)について発表をおこなった。ペンシルバニア州の弁護士ウィリアム・アトキンソンはインド、秘教的ヒンズー教の指導者ヨギ・ラマチャラカというペンネームを創造し、百冊以上の著作を刊行した。アトキンソンは西洋の神智学・オカルティズムなどの心身論を整合し、これにインド的用語を援用し、一般読者にわかりやすい健康理論を提唱した。アトキンソンの著作は、多くの言語に翻訳され、世界各国で愛読されていく。デリップは、特にアトキンソンのプラーナ理論が日本の「精神療法」に重要な影響を与えたことを示唆した。
第二報告者の平野直子は“American Metaphysical Religion in *Seishin Ryōhō* and Reiki Ryōhō in 1929s-1930s Japan”(1920年〜1930年代日本 の「精神療法」と「靈気療法」:アメリカの形而上的宗教の影響について)とい う題をもって発表をおこなった。日本において1920年代から30年代まで に広く展開されていた精神療法は北米のニュー・ソートの心身論から影響を受 けいるが、この心身療法論の流れの中から発生した「靈気療法」は「手を当て る」実践および「エネルギー」の放射により病を癒やすという共通性を有し、 臼井甕男、川上又次、澤田晃堂、西勝造、江口俊博、三井甲之富田魅二等の療 法家を生み出した。特に、臼井甕男の実践はハワイの日系二世を介してレイキ・ ヒーリングとして1970年代に逆輸入されていくこととなる。平野はキャサ リン・アルバニーズのメタフィジカル宗教理論を援用し、日本におけ る「精神療法」及び、「靈気療法」の宇宙論及びエネルギー論について考察をお こなった。
第三報告、“Breathing Methods as a Crossroad between the Localization of Western Ideas and the Acculturation of Japanese Tradition(西洋思想の土着化と日本の伝統文化の変容:分岐点としての呼吸法)において栗田英彦は、近世から20世紀初頭までの日本における、呼吸法の歴史的変遷について報告をおこなった。近世において日本では、中国思想および中国医学の影響による呼吸法が身体の健康と心の平安を促すものとして実践されていた。しかしながら、明治維新以降、漢学の衰退により、「陰陽説」および「気」の観念に基づいた呼吸法は人々に顧みられなくなっていった。しかしながら、20世紀にさしかかるとともに、西洋思想及び西洋医学の称揚とともに、北米の「ニューソート」の影響を受けた新たなる呼吸法や健康法が日本において盛っていく経緯を多く事例とともに報告をおこなった。
第四報告者のジャスティン・スタインは “Trans-Pacific Tranculturation: Usui Reiki Ryōhōand Reiki Healing, 1936-1986” (太平洋を超えた異文化移植:臼井靈気療法とレイキ・ヒーリング)において、レイキ・ヒーリングとして、靈気療を全米に広めた日系アメリカ人、高田ハワヨに焦点を当て、高田の北米における活動について考察をおこなった。カウアイ島出身の日系二世であった高田ハワヨは病気治療のため、東京に行き臼井甕男の弟子であった林忠次郎と出会う。 林の靈気療法による劇的な完治の後も、高田は東京に残り、林から霊気療法を伝授され1936年からハワイにおいて開業をはじめた。高田は北米において、レイキのグランドマスターシステムを確立し、1936年から70年代までは、ファースト・ディグリー及びセカンド・ディグリーのレイキ療法士を育成し、70年代以降はレイキの奥義を継承させるサード・ディグリーの授与を開始するようになった。
コメント: ハーデカからは、今回のパネルの重要性を確認し、この精神療法文化の太平洋を往復した回路(サーキット)について、以下のような質問が寄せられた。1このサーキットの範囲はどこまでか?西欧、イギリス、ロシア、インド、日本、アメリカまでなのかどうか。2精神療法に関心を持ったのは中流階級で海外への関心が高い層のように思われるが、国家主義的で、伝統宗教に関心を持っていた層はどうなのか。3発表を聞くと、霊気療法を除けば、師弟関係での直接の伝授よりも書物での伝播が重要であったように理解されたのだが、その理解で正しいか。4このサーキットは、以下のような前提を共有すると理解していいのか。(1)魂の身体を離れての存在、(2)精神が身体を制御すること(精神修養が身体健康の鍵となること)、(3)(信仰ではないにしても)催眠術の知識を有すること、5政治との関係について、以下の点について意見を聞きたい。 a.サーキットでは、政治的な関わりを避けようとしたと見えるが。どうなのか。b.20世紀前半秘教思想を伝播させた人々は、どの国であれ国家主義を喚起するのを避けたように見えるがどうなのか。6宗教制度との関係。a.栗田氏の発表によると、秘教思想に興味を持った人々と新仏教運動の間に関係があったように思われるが、その他の宗教改革運動とはどう関係があったのか。b.栗田氏の発表は、精神療法の流行が伝統的な呼吸法の復活を促したように述べていたが、それでは大本教の鎮魂帰神の法についてはどうであろうか。c.日本において「精神療法」と「宗教」「信仰」の関係はどうであったか。他の国でも、同様の関係はあったのか。 以上の質問への応答でかなり時間が費やされたために、吉永からは、コメントというよりも、今回のパネルを組織した意図の説明などがなされた。